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特集「M&Aを正しく活用する時代」

第7講 M&Aでは、何故PL上の利益よりも、EBITDAを重視するのか?

EBITDAとは、なにか?

M&Aのアドバイザリーの仕事をやっていて、投資側企業のM&A担当者と協議をすると、最近必ず、投資を行う対象企業の要件で、指定を受ける内容があります。

例えば・・・

「EBITDAの5倍まで」
「EBITDAの10倍を限度として買う」

一方、投資を受ける企業側の社長は、そんな指標など聞いたこともなく、自分の企業の価値をEBITDAなどというものさしで図ったことなど、まるでありません。自分の会社を経営するにあたり、EBITDAなどという指標で、会社を評価したことなど、もちろんありません。

そのため、投資側と投資を受ける側では、まったく会社の評価が折りあわない、という状態に至ることがよくあります。今、M&Aや、他の会社と資本提携を結ぼうという気持ちがある方は、EBITDAを意識し、必ず、EBITDAで自分の会社を評価することが、今や不可欠になりました。

では、このEBITDAとは、何でしょうか?
会計で用いる当期純利益や営業利益と、どのような関係にあるのでしょうか?

まず、EBITDAは「エビットディーエー」と読みます。

Earning before Interest and Taxesを、まず、EBITと言います。

この英語からわかるとおり、EBITとは、Interest(利子)と、Tax(税=法人税等のことです)の支払い前の利益、という意味です。

会計上の税引前当期純利益には、有利子負債にかかる金利や、受取利息が足されたり、差し引かれていますので、これを足し戻した金額が、EBITです。

EBIT=税引前当期純利益+支払利息-受取利息

これで、求められます。

さて、EBITDAは、Earning before Interest and Taxesに、更に、Deprecitation and Amortizationを加えた用語です。

Deprecitationとは、通常の減価償却費(有形固定資産や備品に対する減価償却)のこと、Amortizationとは、無形固定資産の償却費のことを指します。

つまり、すべての資産の減価償却費を足し戻すことで求められます。

EBITDA=税引前当期純利益+支払利息-受取利息+減価償却費

何故、EBITDAが、税引前利益よりも重視されるのか?

M&Aや資本提携では、第一段階として、投資を受ける側が、投資する企業に対して、財務諸表の数年分を提出します。しかし、投資する側は、この財務諸表を正面からはまともに信じません。

例えば、日本の中小企業の場合、必ず「節税目的」で、財諸諸表は「お化粧」されています。

男性が、自分の付き合おうとする女性をデートに誘う時、その女性がデートの時に見せている顔を「素顔」だと信じるとしたら、その男性は、よほど女性経験がないと言われても仕方がないわけです。

どの女性も、自分の顔を最善の顔にお化粧で演出しているわけで、お化粧をまったくしていない女性は、今時の日本では、むしろ異常なわけです。

女性は、自分の顔を、自由に作り替える天才です。自分の顔を、最も美しく男性に見せることも、逆に一緒にいたくない男性に、顔色が悪いようにみせて、早く帰ることもできます。

それと同じように、中小企業の財務諸表で、法人税の節税対策の「お化粧」をしていない企業があるとしたら、その経営者は、寧ろ、馬鹿がつくほどの「正直な経営者」ということになります。少なくとも、投資側企業のプロは、投資先を必ずお化粧をして、素顔を隠していると考えています。

従って、経験豊富なM&Aのプロが、双方の仲介につく場合、その担当者は、投資を受ける側の社長を詳細にインタビューし、節税目的で加重に計上された販管費や、操縦された在庫などの勘定科目を洗い出し、その修正をかけて「素顔」の税引前利益の算出をし直す作業を行います(これができないような担当者が、M&Aの仲介などを、みようみなまねで行うと、投資側のデュデリジェンスで、後から大変なクレームを受けることになります)。

まず、こうして、財務諸表のお化粧を落とし、素顔の利益を算出しなおすことが、第一歩となります。

しかし、それだけでは、投資側が適切な投資判断(バリュエーション)ができないのです。ここから、企業価値のバリュエーションを判断するため、EBITDAに税引前利益を修正するのです。

お化粧を落とし、更に、企業の稼ぐチカラを示すEBITDAを算出したうえで、M&Aの投資側は、その何年分まで、投資ができるかを論じるのです。

これが、M&Aにおける、投資判断です。

EBITDAの倍率判断だけで、M&Aは成功するような易しいものではない!

このように、EBITDAは、企業価値(バリュエーション)を判断する投資やM&Aには不可欠な指標です。しかし、EBITDAで判断すれば、投資やM&Aが成功するかというと、それほど簡単なものではありません。

ここでは、上場企業の公開株式の投資を使って、投資家がキャピタルゲインを稼ぐことができるメカニズムを例にとりながら、投資やM&Aの成功のメカニズムを考えてみたいと思います。

上場企業の株式の株価は、EBITDAが蓄積された企業の純資産価値を基礎にしていますが、その要素だけで動いているわけではありません。

もう一つ、別の要素が、その価格形成に影響を及ぼして動いています。

それが、DCF(ディスカウント・キャッシュ・フロー)をはじめとする、未来価値を現在価値に引き直した価値の要素です。

企業のバリュエーションは、ROICと成長率の関数で構成される

DCF法の計算式は、その企業が一定期間にわたって獲得する付加価値を割引率という数値を使って、現在価値に引き直し、そのうえで、その現在価値を株価に織り込むというメカニズムを示しています。

そのメカニズム故に、株価は未来の企業価値を織り込み、その株価が集まった、日経225のような指標は、日本経済の未来を織り込むのです。

株価は、いわば、EBITDAの集積という過去の成果(これが投資収益率 ROICをあらわします)に、DCF法によって算出される未来価値(これが成長率です)を織り込んで形成されるのです。

言い換えれば、企業のバリュエーションは、ROICと成長率の関数であらわされるのです。

上場企業の株式投資で、キャピタルゲイン利益をえる難しさと、M&A投資の難しさは、似ている

投資側の買い方に、M&Aの優れた担当者がついている場合、そのような方は、上記の株式市場における株価形成のメカニズムと同じように、EBITDAとDCF法を織り交ぜて、株価を判断し、妥当と思われる買収案件だけを選んで買っています。

しかし、もしこの優れたM&A担当者の方が読み込んだ通りに、買った企業が未来の収益をあげた場合、M&Aは成功したと言えるでしょうか?

残念ながら、それでは、M&Aは失敗案件になってしまうのです。

何故かというと、M&A担当者が見込んだ将来価値は、既に買収の株式価格に織り込まれているため、その通りに買った企業が収益をあげても、差額はゼロだからです。それでは、元をとったにすぎないのです。

上場企業の株式で、キャピタルゲインを得られる投資家とは、投資時点で読み込まれた、EBITDAとDCFによる価値を、投資後に起きた事象によって、超える価値が生み出される投資家を意味します。

従って、キャピタルゲインを得られる優れた投資家とは、

・EBITDAの集積やDCFによる現在価値を、株価がいまだ読み込んでいない株式
・投資後に、DCFに読み込まれた以上の価値を生み出す企業の株式

以上のどちらかの株式を取得した投資家だということになります。

これを、M&Aにあてはめると

・EBITDAの集積やDCFによる現在価値からみて、売り方が売り急いでいるなどの事情から、株価が安い価格で買える株式
・投資後に、自社のチカラで、DCFに読み込まれた以上の価値を生み出せる企業の株式

このような買収案件になります。

ちなみに、今、M&A市場で活性化する事業承継案件は、売り方のオーナー経営者の高齢や病気による売り急ぎの事情が多く、かつM&Aに精通していないため、投資側は株価を安く買うことができる場合があります(勿論、M&Aに精通していない分、到底ありえないような高値を主張してくるオーナー経営者も多数おられ、このような案件を買い側が冷静に見抜かないで、掴んでしまうと、大失敗するケースに当たってしまいます。

そして、最もM&Aが難しいのは、投資後に、投資側のチカラ(シナジ-効果や、資金調達の与信力、更には優れた経営資源や経営者のマネジメント能力)で、従来の経営者が行っていた経営よりも、大きな付加価値の創出をして、M&A時点で想定した価値よりも、会社の価値をあげることができるか、という点に、投資側の利益の源泉があるということです。

財務DD重視から、ビジネスDD重視姿勢へ

M&Aのデューデリジェンス(DD)では、M&A担当者が会計の専門家が多いため、財務DDに最も力点が置かれる傾向にあります。

財務DDや、法務DDは、確かに、M&A後に、裏側に隠れていた事態が見つかり、大きな問題を背負い込むというリスクをできるだけ回避するというため、確かに必要なことは間違いありません。

しかし、実際のM&Aで、最も重要なのは、財務DDや法務DDなど、専門家が行うディーデリジェンスではなく、自社の経営陣が行うビジネスDDなのです。

その買収や投資をすることによって、取得時に、売り側が計画できない付加価値の実現ができなければ、M&Aは投資側に利益をもたらしません。この点は、外部の専門家ができる調査・評価ではなく、投資側の経営陣が自ら行う調査や評価であって、このDDの利益予測なくして、M&Aは成功しません。

この点が、M&Aの最も難しい点ではないかと、僕は長年M&Aに携わってきて、感じています。

続く

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本稿の著者

松本 尚典
URVグローバルグループ 最高経営責任者 兼 CEO
株式会社URVプランニングサポーターズ代表取締役 兼 エグゼクティブコンサルタント

松本 尚典

  • 米国公認会計士
  • 一般財団法人M&Aアドバイザー協会認定M&Aアドバイザー

日本の大手銀行から、ニューヨーク ウオール街での金融系コンサルタント業務を経験した後、日本に帰国し、国内の大手企業数社の役員の歴任。この間、M&A大国アメリカで、数多くのクロスボーダーM&Aや、TOB案件を纏めあげ、そしてまた、日本でも多くのM&A案件を投資企業側の責任者として纏めた、豊富なM&A実務経験を有する。
2015年にURVグローバルグループのホールディングス会社で、経営支援事業を本業とする、株式会社URVプランニングサポーターズ(松本尚典が100%株主、代表取締役)を設立。多くの中小企業の経営者の経営顧問や監査役として、中小企業の成長戦略に関わる。
こうした業務の中で、投資企業側の事情と、投資を受ける中小企業側の事情の双方に精通する知識と経験を活かし、成長企業への投資案件に特化した、成長企業M&A事業に進出する。

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「M&Aを正しく活用する時代」過去の記事はこちら

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